お買い物
「うーん、迷うわ・・・」
「どうかしたの?お母さん」
「あら、。おかえりなさい。丁度良かった!」
丁度良かった?何が?
そう聞き返しながら、リビングテーブルでいくつかの本を広げてたエミリアの前に座った。
「今日の夕ご飯、何にしようか悩んでいたのよ。お料理は楽しいけど毎日メニューを考えるのって大変なんだから」
「そっか」
エミリアの作ってくれる料理は何でも美味しいからどんなメニューでも構わないというのが本音なのだけど。
それを口にするのは少し違う気がして、は相槌を打つに止めた。
ふと、ケテルブルクでの暮らしを思い出す。
屋敷のメイドたちも同じように食事作りに悩んでいたんだろうか。
「・・・カレー食べたい」
「カレー!いいわね、美味しくて作りやすい料理だわ。それじゃ買い物に行かないと」
「あっ、行く!」
出会ったばかりのことを思い出して、は付いて行く事にした。
また質の悪い食材を買わされてしまうのではと心配だった。
「今日は何カレーにしよっか?やっぱりビーフ?それともチキン?シーフードはこの前食べたわよねえ」
「ビーフがいいっ」
というわけで、今日の夕ご飯は『ビーフカレー』になった。
エミリアは料理がとても上手いので、今から期待が高まる。
肉屋、魚屋、八百屋をはしごした後、香辛料が欲しいとケセドニアに本店を構えているという雑貨屋へ行った。
エミリアが手に取る品物すべてをがチェックするため、時間はかかるものの今のところ良質な食材が手に入っている。
雑貨屋から出たエミリアは満足そうに荷物を抱え直した。
「と一緒にお買い物するとおまけは貰えるし変なものを買わなくて済むし、良いこと尽くめだわ」
「役に立ってる?」
「ええ、とっても。何より一緒にお出かけできて楽しいわ」
柔らかな笑みと共に優しく頭を撫でてくれるエミリアに、はくすぐったそうに身を捩る。
自由に外に出かけるなんてケテルブルクにいた時には考えられない事だった。
何かにつけて兄が外に連れ出してくれてはいたものの、誰かに襲われる事も隠れる事もなく出歩ける日が来るなんて想像もできなかったから。
「そういえば、はお料理したことある?」
「ううん。やったことないよ」
「それなら今日の夕ご飯、一緒に作ってみない?」
「えっ、ほんと?やる!やってみたい」
「ふふ、じゃあ決まりね。美味しいご飯作ってお父さんのこと驚かせちゃいましょ」
その言葉には笑顔で頷いて、二人は帰路を辿った。
初めて作ったカレーはヴァネットにもとても好評で。
家族三人で囲む食卓は穏やかで幸せだった。
食後のデザートを準備していたエミリアに、もっと料理を作れるようになりたいと伝えれば笑顔で快諾してくれて。
はご機嫌のまま一日を終えた。
「ふふ・・・がお料理に興味持ってくれて嬉しい」
「君は本当にそういうことが巧いな」
「褒めてくれてありがとう、ヴァネット」
褒めたわけじゃないんだが。その言葉は彼の胸の中に秘められた。