6.殺意

翌日セントビナーを出発した一行は、一回の野宿の後、フーブラス川に足を踏み入れた。
道中、何を思ったのかジェイドによるルークへの戦闘指南もあったが、生息する魔物に手こずることもなく。
カイツールへの道のりは順調かと思われたその矢先に起きたのは、神託の盾六神将 妖獣のアリエッタの襲来である。

「アリエッタ! 見逃して下さい。あなたならわかってくれますよね? 戦争を起こしてはいけないって」
「イオン様の言うこと・・・アリエッタは聞いてあげたい・・・です。でもその人たち、アリエッタの敵!」
「アリエッタ。彼らは悪い人ではないんです」
「ううん・・・悪い人です。だってアリエッタのママを・・・殺したもん!」
「何言ってんだ? 俺たちがいつそんなこと・・・」

アリエッタの母親は住処を燃やされた後、チーグルの森に住み着いていたという。
エンゲーブの食糧盗難騒ぎの元凶として殺したライガクイーンと孵化する前の卵は、アリエッタの家族だったということらしい。
あなたたちを許さない、地の果てまで追いかけて殺す。
アリエッタが言い放った直後、大きな地震が起きた。

「いけません! 障気は猛毒です!」
「逃げ場がありませんねぇ」
イオンが焦ったように、ジェイドが困ったように聞こえる口調でそう零す。
突如起こった地震の影響で地面に亀裂が走り、紫色の蒸気のようなものが辺り一面に噴出した。
その一つは、今にも襲い掛からんとしていたアリエッタとライガに直撃し、間もなく昏倒した。これで今襲われる心配はなくなったが、状況は相変わらず悪いまま。

その時、綺麗な歌声が聞こえてきた。

「譜歌を詠ってどうするつもりですか」
「待ってください、ジェイド。これは・・・ユリアの譜歌です」
驚くイオンを余所に、歌声の主  ティアは歌い続ける。
ふっ、と旋律が切れた瞬間、彼女の足下に巨大な譜陣が出現した。それは青白い光となり半球を形成した後、淡く弾けて消え去った。

「障気が消えた・・・!?」
「障気が持つ固定振動と同じ振動を与えたの。一時的な防御壁よ。長くは持たないわ」
ジェイドがなにか言いたそうにしていたが、その言葉に全員が頷く。
はアリエッタの側に寄ると、銃を構えた。
はっとしたルークが、とアリエッタの間に立ち塞がった。

「や、やめろ! 何でこいつを殺そうとするんだ!」
「生かしておけば再び命を狙われます」
「だとしても、気を失って無抵抗なやつを殺すなんて・・・」
「? 気を失って無抵抗だからこそ今処理するのですが」

くん、と裾を引かれる感覚に振り返れば、すぐ近くにイオンが立っていた。
「どうか見逃してあげてください、。彼女は元々、僕付きの導師守護役なんです」
「そうですか。ですがそれは見逃す理由になりません」
その言葉にイオンが喉を詰まらせたのが分かった。緑の目が大きく見開かれる。
身体に衝撃が加わる。見れば、ルークが胸倉を掴み上げていた。

「おまえ・・・自分がなに言ってるか、わかってんのかよ!?」
「はい。理解しています」
  この、冷血女っ! 人間じゃねぇよ!」
「彼女は復讐を遂げるまで何度でも襲ってくるでしょう。脅威となることがわかっているなら  
、それを収めなさい」

の言葉を遮ったのはジェイドだった。
顔だけをそちらに向けると、彼はどこかイライラした様子で眼鏡を押し上げた。
「これは命令です」
「承知致しました。・・・ルーク、手を放していただけますか」
「え・・・? あ、ああ」

解放された襟元を直しながら右手で握っていた譜銃をホルスターに収納する。
そろそろ限界だというティアの声に、はアリエッタを抱き上げた。

地割れの起きていない草むらへ彼女とライガを横たえ、小さな錠剤を口の中に押し込み嚥下させ、その場を後にした。