7.動揺
「なんで・・・なんであんな簡単に人間を殺そうとするんだよ」
「は軍人だからな。彼女がやらなきゃ、きっとジェイドが殺ってたろうよ」
「ガイはあれを許せるのかよっ!」
「だって殺したくて殺してるわけじゃないだろう。許すとか許さないとか、そういう話じゃないんじゃないか」
フーブラス川の出口までもう少しというところに来ても、ルークはさっきのことを引きずっていた。
動揺する気持ちは分からないでもないと、ガイは思う。
は軍人で、上からの命令と任務は絶対だ。
マルクトから和平のための親書をキムラスカ王へ届けるため、中立であるローレライ教団の導師に橋渡しを依頼している。
その任務を遂行するためにはきっと、排除すべき人間は排除するし、守るべき人間は絶対に守るのだ。
道中の魔物の排除をすべて一人でこなす彼女の背を見ながら、ほんの少しだけため息を吐いた。
ジェイドは珍しい事に一人で殿を務めていた。いつも左後ろにいるが、今は先頭で道を塞ぐ魔物の掃討を行っているためだ。
周囲の警戒と前を行く一行の様子を観察しながら、頭の中で先ほどのやりとりを反芻する。
「だとしても、気を失って無抵抗なやつを殺すなんて・・・」
「? 気を失って無抵抗だからこそ今処理するのですが」
「どうか見逃してあげてください、。彼女は元々、僕付きの導師守護役なんです」
「そうですか。ですがそれは見逃す理由になりません」
「 この、冷血女っ! 人間じゃねぇよ!」
「彼女は復讐を遂げるまで何度でも襲ってくるでしょう。脅威となることがわかっているなら 」
あの時、の行動も言葉も、軍人としては正しいものだった。
ルークの非難の言葉も、イオンが止めに入ることも間違ってはいない。
らしくないのは、私だ。これが初めてというわけではないのに。
国境の砦 カイツール
フーブラス川を抜け辿り着いたそこは、非武装地帯とは言い難いほどの緊張感に包まれていた。
一度戦争ともなれば両国の最前線になるこの場所に、不釣り合いな高くて甘えたような声が響いた。
「証明書も旅券もなくしちゃったんですぅ。通して下さい。お願いしますぅ」
「残念ですが、お通しできません」
「・・・ふみゅぅ~」
生真面目なマルクト兵に向かって身をくねらせながらおねだりしているのは、間違いなくアニスだ。
ツインテールと背中のトクナガがひょこひょこ動いている。
「・・・月夜ばかりと思うなよ」
どうやら交渉は決裂したらしい。
イオンもジェイドもその様子に笑っている。
「アニス。ルークに聞こえてしまいますよ?」
可笑しそうにイオンが言うと、不機嫌な面をしたアニスが振り返る。
そこにルークの姿を認めるとコロッと表情と声を変えてルークに抱きついた。
「! きゃわーん♥ アニスの王子様♥」
「・・・女ってこえー」
「ルーク様♥ ご無事で何よりでした~! もう心配してました~!」
「こっちも心配してたぜ。魔物と戦ってタルタロスから墜落したって?」
抱きつかれた際にややよろけたものの、平然と話を続けるルークから少し距離を置くガイ。
心配、という言葉にかアニスはルークから離れて前髪を触りながらしなを作る。
「そうなんです・・・。アニス、ちょっと怖かった・・・。てへへ」
上目遣い、甘えた声、少しだけ気丈にふるまって見せるその姿はいつか読まされた本の中にあったお手本のようだった。
が感心している横で、イオンは無邪気ともいえるような笑顔で軽く腕を広げる。
「そうですよね。『ヤローてめーぶっ殺す!』って、悲鳴あげてましたものね」
「イオン様は黙ってて下さい!」
振り向いて怒るアニスに、イオンはただ楽しそうに微笑んでいた。