8.指名
「ところで、どうやって検問所を超えますか? 私もルークも旅券がありません」
「ルークはわかりますが、ティアも旅券を持っていないのですか? 神託の盾なのに」
「ここで死ぬ奴にそんなものはいらねぇよ!」
親書を守った事をルークに褒めてもらったアニスが、ガイへの自己紹介を終えた後。
ティアの言葉には首を傾げる。
一瞬、言葉に詰まった彼女を救ったのは空から降ってきた血のような怒号だった。
全員がその場から飛び退って襲撃を避けるも、男の狙いはルークただ一人のようで。
振り抜いた剣の斬撃にルークは派手に背中を打つ。
が引き金を引きかけた瞬間、灰色の大きな体躯が間に割って入った。
「退け、アッシュ!」
「・・・ヴァン、どけ!」
「どういうつもりだ。私はおまえに、こんな命令を下した覚えはない。退け!」
剣を合わせながらギリギリと押し合うアッシュと呼ばれた青年は、暫しの睨み合いの後、いずこかへ去って行った。
は息を吐いて銃を仕舞って振り返る。
上司と導師のケガのない姿を確認し、再び前を見据えた。
旅券を持たないティアは太ももからナイフを引き抜いて、ヴァンに向けて鋭い殺気を放っている。
そんなティアに対し、ヴァンは幼子を宥めるような声色で「おまえは誤解をしているのだ」と語りかけていた。
「ヴァン師匠! 助けてくれて・・・ありがとう」
「苦労したようだな、ルーク。しかし、よく頑張った。さすがは我が弟子だ」
「へ・・・へへ!」
ルークのありがとうは初めて聞いた。貴重だ。
ヴァンの話を聞くために宿屋を訪れた一行は、イオンが何故ここに居るかを知らないという彼に事情を説明。
六神将はヴァンの部下だというが大詠師派でもあるため、大詠師モースの命令があったのだろうとヴァンは告げた。
「それよりティア、おまえこそ大詠師旗下の情報部に所属しているはず。何故ここにいる?」
「モース様のご命令であるものを捜索しているの。それ以上は言えない」
「第七譜石か?」
「 機密事項です」
そうして話し合いは終了し、問題の旅券はファブレ公爵から預かってきた予備を合わせれば間に合うようだった。
先に国境を越えて船の手配をしておくと言うヴァンに、ルークは不平を漏らしたが二、三の言葉でそれもなくなる。
「おまえたちはここで休んでから行くがいい。 ああ、少しお付き合い願えるか?」
ティアと同じ青い瞳がに向けられる。
返事も聞かず外に出てしまったヴァンの後を追うように、一歩足を踏み出す。
それに制止をかけたのは。
「大佐?」
「・・・いえ、早めに戻るように」
指先だけで掴んだ彼女の細い手首を放せば、一つ頷いてヴァンの後を追っていく。
ジェイドは左手をポケットに突っ込んで、離れていく足音に背を向けた。