10.襲撃

ヴァンから手渡された旅券で無事にキムラスカとの国境を跨いだ一行は、遠くに見える海と平行に敷かれた一本道を歩いていた。
道中で起こったルークとティアの痴話喧嘩にガイが巻き込まれる様を眺めつつ、は南ルグニカ平野の半分以上を占めるデオ峠に目を向けていた。
あの峠を越えた先に、今回の和平の親書に記されたもう一つの任務がある。

「どうかしましたか、?」
「いえ。軍港の方からかすかに血の臭いがするのですが、気のせいでしょうか」
「おや、それは物騒ですね」

カイツールの軍港
キムラスカカラーで彩られた無機質な軍事施設には、音素乖離の始まった肉片が散らばっていた。
奥の方では剣戟の音が響く。キムラスカ兵もやられたままではいないようだ。
ホルスターから銃を引き抜きながら上司に視線を送る。頷いたのを確認して、は走り出した。

空中を舞う魔物の一匹を打ち落とし、地面に転がされた兵士に襲い掛かるライガを譜術で牽制する。向けられた牙と爪に数発の銃弾を浴びせればそれはもう生物ではなくなった。
灰色の軍服をまとった男、ヴァンが剣を抜いてアリエッタと対峙しているのを視界に納めながら手頃な建物の屋根に上り、全体の戦況を確認する。
が来た道から走ってきたルークたちの二本奥の道に別の魔物が潜んでいるのを見つけ、始末した。

「総長・・・ごめんなさい・・・。アッシュに頼まれて・・・」
「アッシュだと・・・」

の耳にその声が届いた時には、アリエッタは空を飛ぶ魔物のフレスベルグの足に捕まって上空へと逃げおおせていた。
左で持っていた銃を捨て右手の下に左手を添えて固定する。いつもより多めに音素を収束させ、アリエッタの心臓目がけて引き金を引いた。
だが、心臓を狙ったはずの軌道はフレスベルグとアリエッタの回避によって、左腕を掠めるだけになってしまった。片手で人形を抱えながら涙目で睨みつけたまま、アリエッタは飛び去って行った。

「アリエッタが言っていたコーラル城というのは?」
「確かファブレ公爵の別荘だよ。前の戦争で戦線が迫ってきて放棄したとかいう・・・」
「へ? そうなのか?」
「おまえなー! 七年前におまえが誘拐された時、発見されたのがコーラル城だろうが!」
「俺、その頃のことぜんっぜん覚えてねーんだってば。もしかして、行けば思い出すかな」

その必要はない、訓練船の帰還を待て。アリエッタの討伐は私が行く。
足早に去っていくヴァンを見送りつつ、ヴァンの指示に従いカイツールへ戻ろうとしたところにこちらに駆けてくる足音が聞こえた。
イオンはアニスが、ジェイドはがそれぞれ庇うように前に立ち塞がる。

「お待ち下さい! 導師イオン!」
「導師様に何の用ですか?」
「妖獣のアリエッタにさらわれたのは我らの隊長です! お願いです! どうか導師様のお力で隊長を助けて下さい!」
「隊長は預言を忠実に守っている、敬虔なローレライ教の信者です。今年の生誕の預言でも、大厄は取り除かれると詠まれたそうで安心しておられました」
「お願いします! どうか・・・!」

懇願する整備士の二人に、イオンはゆっくりと頷いて見せた。