13.記憶

「・・・今の驚き方は尋常ではありませんね。どうしたんです」
「・・・・・・すまない。体が勝手に反応して・・・。悪かったな、アニス。怪我はないか?」
「・・・う、うん」
「何があったんですか? ただの女性嫌いとは思えませんよ」

ルークの手を借りながら立ち上がったガイは、律儀にもアニスを気遣うように手を差し伸べた。彼女は自分で立ち上がったが、未だ動揺の色は消えない。アニスとガイを見比べながら、遠慮がちにイオンが口を開く。ガイは困ったように頭を掻いた。

「悪い・・・。わからねぇんだ。ガキの頃はこうじゃなかったし。ただすっぽり抜けている記憶があるから、もしかしたらそれが原因かも・・・」
「おまえも記憶障害だったのか?」
「違う・・・と思う。一瞬だけなんだ・・・・・・。抜けてんのは」
「どうして一瞬だとわかるの?」
「わかるさ。抜けてんのは・・・俺の家族が死んだときの記憶だけだからな」

その言葉に落ちた沈黙は重たかった。息を呑んだルーク、口を覆ったアニス、目を伏せたティア。
表情を変えなかったのはジェイドとだけだった。

「俺の話はもういいよ。それより、ジェイド。あんたこの音機関のこと知っているんじゃないのか」
「何故そう思うのですか」
「階段の上で、珍しく呆けていただろう。もしあんた何かを知っていて、それがルークの誘拐と関係があるなら・・・・・・」

ジェイドは口を噤み、彼らに背を向けた。それは肯定と同義だったが彼は沈黙を選び、そして深くため息を吐いた。は黙ったまま音機関を  巨大なフォミクリー装置を見上げていた。イオンは目を伏せ、手にした杖を握り締めた。

「今は先を急いだほうが良いのではないでしょうか。妖獣のアリエッタが連れ去った整備士を殺さないとも限りません」
  そうですね。の言う通りだと思います。僕らは彼を助けに来たのですから」

イオンの言葉に促され、一行は広間を後にする。ルークとガイだけはその決定にやや不服そうな顔をしていたが、それでも文句を口にすることはなかった。

「・・・大佐、ご許可を」
「どうぞ」

屋上へと続く階段をひたすら上っていく。その先頭を務めていたが急に立ち止まったかと思えば、後ろを振り返ることもなく声を発する。間髪入れずに肯定を返すジェイドに皆は何事かと首を傾げる。
だがそれも一瞬、銃声が鼓膜を揺らす。見上げた上階から降ってきた雨を浴びずに済んだのは、ジェイドの譜術障壁のおかげだった。

「こ、これ・・・血じゃねぇのか?!」
「ってことはなにか死んだってこと?」
「いいえ、この量なら掠り傷でしょう。恐らくこの上に妖獣のアリエッタがいると思われます」
「ルーク様! 追っかけましょう! 今なら間に合うかもですよう!」
「お、おおっ!」
「ミュウも行くですの!」
「あ、待って下さい。アリエッタに乱暴なことはしないで下さい!」

言うが早いかアニスに腕を引かれたルークは、つんのめりながらも駆け出した。目の前の階段を止める間もなく猛然と駆け上がっていく。
遠く、小さくなっていく背中を見上げ、は階下を振り返った。

「待って! 罠かも知れない・・・!」
「おやおや、行ってしまいましたね。気が早い」
「意外とイオン様は足が速いのですね」
「・・・アホだなー。あいつらっ!」

焦り、呆れ、関心、ため息。
軽率な行動への感想を漏らした後は、姿の見えなくなってしまった同行者を追って四人は階段を上り始めた。