14.記憶

屋上に到着したたちが目にしたのは、フレスベルグと空中浮遊を楽しむルーク、そこから落下したらしいアニスの姿だった。
真っ先に攫われると思っていたイオンは、ミュウを抱いたまま壁際に佇んでいた。彼の服が少し汚れていたことから、アニスがイオンを庇って捕まったと察するのは容易だった。

「いったーい!? ひどいよアリエッタ! 痛いじゃない!」
「ひどいのアニスだもん・・・! アリエッタのイオン様を取っちゃったくせにぃ!」
「アリエッタ! 違うんです。あなたを導師守護役から遠ざけたのは、そういうことではなくて・・・・・・」
「うわぁぁあ!?」

振り落とされたことに文句を言うアニス。ライガに跨りながら叫び返すアリエッタ。誤解を解こうと試みるイオン。
遠退く悲鳴を追うように放たれた銃弾は、椅子の縁に弾かれた。城壁に沿うように下降した浮遊椅子を追って、整備隊長を乗せたアリエッタもその場を去ってしまう。

「申し訳ありません。外しました」
「見えてなかったにしては上出来ですよ、  それにしてもディストまで絡んでいましたか。やれやれですねぇ」
「大丈夫かなぁ・・・もう・・・・・・」
「・・・ん? ティア、どうした? 何か言ったか」
「い、いえ。なんでもないわ。それより、早くルークと整備隊長を助けましょう」

相手をしなければならない六神将が二人になった。そのことからかガイはいつもの人の良さそうな笑みを消し、ティアも普段より険しい表情をしている。
アニスは怒りのぶつけどころがないようでトクナガをぶんぶんと振り回し、ジェイドだけはいつもと変わりない不敵な笑みを浮かべていた。

「あの様子なら、命を取るつもりはなさそうです。それに彼らが一番必要としているはずのイオン様は、まだこちらの手にあるのですからね。ま、のんびり行きましょうか」

ぼんやりとした意識の中、低く唸る稼働音と誰かの会話が耳に入る。
重たい瞼を押し上げて目に入ったのは、見覚えのない天井と緑色の光。辛うじて動かせる首を声のする方へ向ければ、僅かに上下する椅子から声が聞こえた。

「・・・・・・な~るほど。音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ」
「そんなことはどうでもいいよ。奴らがここに戻ってくる前に、情報を消さなきゃいけないんだ」
「そんなにここの情報が大事なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければよかったんですよ」
「あの馬鹿が無断で使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね。・・・ほら、こっちの馬鹿もお目覚めみたいだよ」
「いいんですよ。もうこいつの同調フォンスロットは開きましたから。それでは私は失礼します。早くこの情報を解析したいのでね。ふふふふ」

不気味な笑い声と共に視界から消え去る椅子を僅かに目で追いかけ、一人佇む緑の髪の少年に視線を合わせる。変な仮面がルークを見たのは一瞬で、すぐに顔を逸らされてしまった。

「・・・・・・おまえら一体・・・俺に何を・・・」
「答える義理はないね」

バッサリと切り捨てた言葉と共に背を向けた少年は、しかし突如現れた足音と斬撃を身を捻って避けた。幾度かの応酬の中で、カランと乾いた音が響く。
小さい舌打ちの後、床を蹴った仮面の少年の攻撃を避けたガイはカウンターとばかりに見舞った一閃を振り抜き、上げた視線の先にあった顔に僅かな動揺を走らせた。

「・・・あれ・・・? おまえ・・・・・・?」
  チッ!」
「烈風のシンク、逃がしません」
「くそ・・・他のやつらも追いついて来たか・・・! 今回の件は正規の任務じゃないんでね、この手でおまえらを殺せないのは残念だけど、アリエッタに任せるよ」

響き渡る銃声に怯むこともなくガイを牽制しながら仮面を拾い上げたシンクは、その超人的な身体能力を以てディストが消えていった扉まで軽々と駆け上がる。追いかけようと音機関の上に飛び乗ったは、背後に響く足音に発砲を控えた。

「奴は人質と一緒に屋上にいる。振り回されてゴクロウサマ・・・哀れな道化人形さん」

ひび割れた仮面から覗く口元に嘲笑を残し、シンクは立ち去って行った。短く吐いた息と共に足元から稼働音が消える。見下ろせばジェイドが機械を停止させたところだった。

「どうしました、ガイ?」
「・・・いや、なんでもないよ。変な 音譜盤 (フォンディスク) を手に入れたから何かと思ってさ」
「後でジェイドに調べてもらいましょう」

シンクが立ち去った方を見つめるガイの顔に浮かんだ戸惑いは、イオンの顔を見て一層に深くなる。それを誤魔化すように手にした音譜盤を翳して見せれば、イオンは納得したように頷いた。
その様子を見下ろしていたは足元の機械を一瞥し、そのままジェイドへと視線を向ける。
降りてきなさい、と声がかかったのはその後すぐのことだった。