15.処遇
「人質は屋上にいる」
シンクのその言葉を安易に信じるのもどうかと思うが、当てもなくうろつくよりはマシだという判断から、一行は再び屋上へと足を向けた。今度こそルークが飛び出さないようガイが念入りに作戦を言い聞かせていた。
アリエッタが従えているのは魔物だ。嗅覚も聴力も人間の比ではない。
気配も消さず足音も控えることなく無防備に近づくルーク一行に、アリエッタの命に従順な魔物たちは適切なタイミングで襲い掛かってきた。
「おらぁ!火ぃ噴けぇ!」
屋上に足を踏み入れた瞬間、ルークはむんずと掴んだミュウを空へ向ける。
勢いよく吹いた火は、ルークめがけて突進してきたフレスベルグに命中し、鳴き声と共に上空へと逃げた。得意げに鼻を鳴らすルークに後ろから声がかかる。
「ル~ク様、すっご~い♥」
「あなたにしては上出来ですね」
「いちいちうるさいぞ!」
「アリエッタのお友達に・・・火・・・噴いた! もう許さないんだからぁ!」
「うるせぇ! 手間かけさせやがって、このくそガキ!」
「いいもん! あななたち倒してからイオン様を取り返すモン! ママの仇っ! ここで死んじゃえっ!」
ルークとアリエッタの怒鳴り合いから始まった戦いに、の姿はなかった。
巻き添えを食らわないよう屋上の隅へ下がったイオンとミュウの護衛。それが上司から彼女に言い渡された役目だった。
常であればティア、アニス、ジェイドの三人が後衛で譜術と回復支援を、ルーク、ガイが前衛を、が中距離で臨機応変に立ち回ることになっている。
3対5、数の上では上回る戦力差もさすが六神将といったところで、なかなかの激闘を繰り広げていた。
推測できる主な理由は二つ。封印術による足枷はが想定していたよりも響いていること、それを補うための前衛の立ち回りが悪いこと。
「すみません・・・」
「存じています。私がこの場で導師をお守りしているのは、大佐の 引いては陛下の命令ですから、謝罪は不要です。しかしながら、我々が全滅しかねない事態に陥った場合は命令に背きます」
「・・・はい、わかっています」
「私が手を下さずとも、大佐は生かしておかないと思いますが」
「それでも僕はアリエッタを殺したくないんです」
手にした杖を胸元できつく握り締めながら、戦況をじっと見守るイオンの目には揺るがぬ決意が宿っていた。見覚えのあるその色に、理解が出来ないとは内心でため息を吐いた。
「やはり見逃したのが仇になりましたね」
「待って下さい! アリエッタを連れ帰り、教団の査問会にかけます。ですから、ここで命を絶つのは・・・」
「それがよろしいでしょう」
激闘が続くこと数十分、立っていたのはルークたちだった。
槍を手に歩を進める先にいるのはアリエッタで、彼の背を守るようには武器を構える。イオンがアリエッタとジェイドの間に身を投げ出したところで、姿を現したのはヴァンだった。
逸らされない銃口に臆することなく歩みを進めるヴァンに、頭上から小さく諫める声が降る。
「師匠・・・」
「カイツールから導師到着の伝令が来ぬから、もしやと思いここへ来てみれば・・・」
「すみません、ヴァン・・・」
「過ぎたことを言っても始まりません。アリエッタは私が保護しますが、よろしいですか?」
「お願いします。傷の手当てをしてあげて下さい」
有無を言わせぬイオンの声に、ヴァンは軽々とアリエッタを抱える。手負いの魔物は弱弱しく立ち上がり、彼の後に続いた。
城の外にアルマンダイン伯爵から借りた馬車を待たせているというヴァンの言葉に、「俺も馬車がいい!」と声を上げたのはルークだった。
「、聞きたいことが」
「はい、大佐」
「フーブラス川でアリエッタに何かしましたね?」
「はい。睡眠薬を飲ませました。あまり効かなかったようですが」
「なるほど。では次からは」
「致死性の高いものにします」
「よろしい」
ヴァンの後に続く一行の最後尾、ジェイドとの物騒な会話を耳にしたのは、ガイだけだった。