18.窃盗

流通拠点ケセドニア
マルクトとキムラスカの国境を跨ぐように砂漠地帯に位置するその街は、容赦なく照らす日光と舞い散る砂埃で時折視界が悪くなるような所だった。だがそれ以上に、行き交う人々に活気がある賑やかな街だった。

「私はここで失礼する。アリエッタをダアトの監査官に引き渡さねばならぬのでな」
「えーっ! 師匠も一緒に行こうぜ」
「後から私もバチカルへ行く。わがままばかり言うものではない」
「・・・だってよぉ」
「船はキムラスカ側の港から出る。キムラスカの領事館で聞くといい。ではまたバチカルでな。  ティアもルークを頼んだぞ」
「あ・・・はい! 兄さん・・・・・・」

相も変わらず目の前から動かない青色に疑問を口にすることもせず、足音でヴァンが遠ざかっていくのを確認する。ルークの足元で新しい街にはしゃぐミュウを邪険に扱う様を眺めつつ、マルクト側の港からキムラスカ領事館へと歩みを進めた。

「あらん、この辺りには似つかわしくない品のいいお方・・・♥」
「あ? な、なんだよ」
「せっかくお美しいお顔立ちですのに、そんな風に眉間にしわを寄せられては・・・ダ・イ・ナ・シですわヨ」
「きゃぅ・・・アニスのルーク様が年増にぃ・・・」
「あら~ん。こめんなさいネ。お嬢ちゃん・・・・・・お邪魔みたいだから行くわネ」

突如現れた花の香りを強くまとった露出過多な派手な服を着こなす女性は、一目見てルークを気に入ったようだった。身体をくねらせながら、まるで値踏みをするように身体を寄せる。ルークの視線は際どいスリットと胸元に注がれており、アニスは頭を抱えながら暴言を吐く。
ガイは引き気味に、ティアはため息を吐き、ジェイドは面白そうに傍観していた。

「待ちなさい」
「あらん?」

去り際にルークへウインクを飛ばした女は、ティアに行く手を阻まれてもなお余裕たっぷりの表情を崩さない。
視線を上司に向けてみるが、なおも見物を決め込む彼にも従うことにする。険しい顔を崩さぬまま、ティアは静かに口を開く。

「・・・・・・盗ったものを返しなさい」
「へ? あーっ! 財布がねーっ!?」
「・・・はん。ぼんくらばかりじゃなかったか。ヨーク! 後は任せた! ずらかるよ、ウルシー!」

突然口調が厳しくなった女は、ルークの財布を放り投げる。すかさずキャッチしたヨークと呼ばれた男と、もう一人の小太りの男・ウルシーと共に三人は逃げ出した。
慌てるだけのルークを余所に、ティアはナイフを投げてヨークの足元と地面を縫いつけた。彼が身を起こすより先に素早く首元にナイフを突きつけ、財布を返すように言う。鮮やかな手際だった。

「・・・俺たち『漆黒の翼』を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよ」
「くそっ! あいつらが漆黒の翼か! 知ってりゃもう、ぎったぎたにしてやったのに」
「あら、財布をすられた人の発言とは思えないわね」
「・・・う、うるせーぞ!」

ルークに財布を手渡したティアは、次いでジェイドを軽く睨む。その視線は責めているような、呆れているようなものだった。当のジェイドは何を言われるのか分かった様子で、それでも飄々とした態度を崩さない。

「ところで大佐はどうして、ルークがすられるのを黙って見逃したんですか」
「やー、ばれてましたか。面白そうだったので、つい」
「あなたもよ、
「大佐が傍観を決め込んでいたのでそれに倣いました」
「~~~っ、教えろよバカヤロー!」

ティアのため息と、ルークの叫びは街の喧騒にすぐにかき消されるのだった。

一悶着がありつつも、キムラスカ領事館へ到着した一行は船の用意が出来るまでの時間を、音譜盤の解析と観光に当てることにした。
解析には時間が掛かるだろうという見込みの元、解析機を持つというケセドニア商人ギルドのアスター邸へと向かう。街の中央、国境を跨ぐように建てられた豪邸にアニスは終始ご機嫌だった。

「これはこれは。イオン様ではございませんか! 前もってお知らせいただければ、盛大にお迎えさせていただきましたものを・・・」
「よいのです。忍び旅ですから。ところでアスター。頼みがあるのですが」
「我らケセドニア商人ギルド、イオン様のためならなんなりと」

この砂漠下において見事なまでに白い肌を持つアスターは、特徴的な髭を生やした顔を恭しく下げる。ガイが音譜盤を手渡すとすぐに使用人が駆け寄ってきた。
通された応接室にて振る舞われる菓子と紅茶に雑談が弾む。は常のごとく、入り口付近に立ったまま有事に備えていた。

「私共は導師のお力で、国境上にこうして流通拠点を設けることができたのでございますよ」
「商人ギルドはダアトに莫大な献金をしているの。見返りに教団はケセドニアを自治区として認めさせている訳」
「ほーん、なるほどな」
「皆様、お待たせ致しました。こちらが解析結果でございます」
「ありがとう」
「うわ、すごい量だな」
「船の上で読むとしましょう。では行きましょうか。お世話になりました」
「何かご入用の節には、いつでもこの私にお申し付け下さい。ヒヒヒ」

アスター邸を後にした一行は数歩も歩かぬ内に、駆け寄ってきたキムラスカ兵に呼び止められた。船の準備ができたと告げる彼の背後、数メートル先に静かに黒い影が落ちる。

「! 危ない!」
「「うわっ!?」」
「チッ、それをよこせ!」
「断ります」

ティアが注意を叫ぶよりも早く、はキムラスカ兵を突き飛ばすように進路から遠ざける。弾丸の様に突っ込んできた烈風のシンクは一直線にガイへと向かい、その手に抱えた音譜盤と解析結果を弾いた。
街中で譜銃は抜けない。は兵士が手にした槍を奪い取ると、迷いなくシンク目がけて投擲した。

「ここで諍いを起こしては迷惑です。船へ!」
「くそっ! 何なんだ!」
「逃がすかっ!」
「通すと思っていますか」

音譜盤は既にシンクの手中、辛うじて拾い集められた解析結果を抱えて駆け出すガイたちの殿を守るようには立ち塞がった。数発の蹴りを繰り出すも、それら全てを軽々と躱される。
肉弾戦でシンクとの交戦は不利だろうが、今は時間を稼げればそれでいい。再び構えを取るに、シンクは興味を失くしたように背を向けた。

「目当ての音譜盤は手に入った。ここから先はボクの仕事じゃない。見逃してあげるからさっさと行けば? 道化人形」
  では、そうします」

言うが早いか同じく背を向けて駆け出すに、シンクは後を追うこともせず街の出口へと向かう。空中から近づいてくる影には気づかぬ振りをしながら。